2012年11月22日

岡山後楽園 (岡山) 日本3名園


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金沢の兼六園、水戸の偕楽園とともに、日本3名園の
ひとつに挙げられる岡山の「後楽園」。共通するのは江戸時代に
造られた池泉回遊式の大名庭園ということで、3名園とは言っても
枯山水とかは入ってないみたいです。


サッカーは”ワールドカップ”というと、世界各国が入ってるけど
野球の「ワールド・ベースボール・クラシック」は、参加国が
20ヶ国以下みたいなもんすかね(ボクは、かなりの国が
参加してるのかと勘違いしてました)。

あ、野球とサッカーの比較じゃないですよ。
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もっとわかりやすくすると、空手チャンピオンとか
ボクシングチャンピオンみたいな感じです。 
要は強いんだけど、特定カテゴリーの中での
チャンピオンってこと。



「偕楽園」は訪問したことが無いので比較はできないんだけど、
「兼六園」と比べると「後楽園」は穏やかで優雅な印象。
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江戸時代 幕府から睨まれ続けた百万石の巨藩の凄み、
前田家という超名門の武家文化の強さ、北陸の厳しい
気候などなど、庭園の背景となる文化が異なるせいなのかな。
「兼六園」って男っぽいんです。喧嘩強そうな感じ。
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一方、「後楽園」は、瀬戸内ののどかな気候、
坊ちゃんっぽい藩政(知らないけど)、そういった
ものが庭園の空気ににじんでいて、ホワっとした
印象でした。
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公園から黒い天守閣が見えるのも、萌えポイント。
雨だったせいで、カメラを構えるのも苦労しましたが、
細部に到るまで美学が宿ってますね。
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岡山 後楽園


今は紅葉で綺麗そう。
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HPから気になるトコを抜粋


『岡山後楽園は、今から約300年前に岡山藩2代藩主池田綱政が
藩主のやすらぎの場として作らせた庭園です。藩主の居間延養亭や園内に
点在する建物の座敷から眺望を楽しむという要素の強い庭でした。』

日本では一時期、企業が文化を育成するパトロン的な要素を
担っていたという印象でしたが、今のパトロン的存在って
誰なんだろう? 省庁じゃ色気に欠けるよねぇ...
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『綱政の子継政は、能舞台周辺の建物を大きく改築し、園内中央に唯心山を築き、そ
のふもとに水路を巡らせ、沢の池と廉池軒の池を結ぶひょうたん池を掘らせました。
こうした時代ごとの藩主の好みや社会事情によって後楽園の景観は変化し、
その積み重ねが歴史となっています。』
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『明治4年(1871)、池田家では「御後園」を「後楽園」と改め、
17年には名園保存を目的に岡山県に譲渡。 昭和9年(1934)の水害、
20年の戦災に遭いましたが、江戸時代の絵図などに基づいて復旧がはかられ、
江戸時代の姿を大きく変えることなく今日に受け継がれています。』
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優雅ですなぁ
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