2021年07月04日

ファッションインジャパン(六本木)国立新美術館でコロナ跡の未来を視る

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六本木の新国立美術館で開催されている『ファッション イン ジャパン

30年以上ファッションにかなりの投資(という名の消費)を続けてきたメンズとしても、「美術展ナビ」に寄稿しつつ、インタビューも撮ってもらったりしています
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戦後から現代までのファッションを、デザイナー、メディア、ストーリーから展示していて、オレみたいなストリートサイドからしても面白かった

特に印象的だったのが、現在のSNS時代のファッション
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いつも誰かと繋がっているという一見便利そうな時代だけど、≒ 常に他人の目を気にしてしまうので自由度が下がってしまっているということ

物理的には確実に20年前より豊かになってはいるけど、幸福度が正比例していないんじゃないかと...
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その逆に、勢いを感じたのは「戦後」と「バブル」に「モダンガール」たち

もうね、圧倒的にパワフルなのよ、主役は自分というピュアな欲望が心地よくて

戦後の女性たちが、「欲しがりません勝つまでは」と抑圧されていた時代の反動で、自らの手で洋服を創り出していたなんてことは知らなかった。しかも旧さを感じないモダンなデザインのものも数多くあってさ

これってとても興味深く、本来ならデートに飲み会にと人生を謳歌していたであろう今の若い女性たちが、理不尽にもコロナ禍で抑圧されてきた状況と酷似してるよなって
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今は町に出てもマスク女子だらけで、色気は7割減。こんな酷い時代の反動は必ず来ると信じていて、次世代の主役となる女子たちが、この重苦しい空気をブチ壊す原動力になると信じています
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コロナ禍というのは、本来であれば天に召されるであろう人々を過剰に地球に残し(高齢者の3万人が例年よりも死者数が少なかった)、生まれてくるはずの新生児を年間で10万人以上減少させ、本来であれば時代を謳歌するはずのワカモノたちの時間を奪ったウイルスという解釈もできるものなんです

未知数のウイルスゆえ、油断はできないというのは賛成だけど、感染者の拡大よりも重傷者数、死亡者数が重要でない? 単なる感染者数で自粛を煽るって手法は、もはや自分のアタマでモノを考えられない人々にしか通用しないものではないでしょうか
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そんな理不尽さを本能的に感じているワカモノたち

重症化率は極めて低いのに、アートやファッション、飲み会や旅行、そしてSEXの機会を奪われている

オレが20歳の頃なら3日も我慢できなかったと思うわ
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アートやファッションには時代に問題提起できるパワーがあると思っています。たとえばパブロ・ピカソの「ゲルニカ」のように。美はウイルスよりも遥かに魅力的だから
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日本はメディア(視聴者もクライアントも高齢者)も選挙権も高齢者が多数を占めていて、ワカモノの意志は既存メディアや政治に反映される可能性は薄いと言わざるを得ない
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でも、ひとりひとりの意志がファッションを通じて可視化されたなら、かつてのコギャルやバブルの時のように、圧倒的なパワーを生み出すんじゃないかと思っている

かつての恥ずかしい時代ほど、パワーをもっていて、なんか引力あるのよね
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洗練された優等生だけじゃつまらない。人間の欲望にある程度素直になることが、今こそ求められていると感じています
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kyah2004 at 20:00│Comments(0)ファッション | LifeStyle

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